多くの日本企業が「新規事業開発」に挑むようになり、現場では「顧客の声を聞く」スタイルが定着しつつあります。しかし、せっかく生まれた事業が経営陣の期待する「100億円規模」に届かず、社内の軋轢の中で消えていくケースが後を絶ちません。
12月17日(水)に開催された「One HR」イベントでは、株式会社アルファドライブ代表であり『新規事業の経営論』の著者・麻生要一氏が登壇。麻生氏へのインタビューから、なぜ大企業の新規事業は「孤立」するのか、そして人事はどう関わるべきか、その核心に迫ります。
「300回顧客に会え」が定着した後に起きた“悲劇”
かつて大企業の新規事業といえば、会議室で市場規模を計算し、綺麗なパワーポイントを作ることが主でした。
しかし、麻生氏が前著『新規事業の実践論』で提唱した「顧客のところに300回行く」という泥臭い検証プロセスは、今や多くの現場で当たり前の光景となっています。
現場のレベルは確実に上がり、実際に「シリーズA・Bクラス(売上数億〜十数億円)」の事業が社内から生まれるようになりました。
しかし、麻生氏はそこで新たな課題に直面します。
「素晴らしい新規事業が生まれたのに、経営者が『で、これ何のためにやってるの?』って言うんです。『売上10億、20億? うち数千億企業なんだけど』。命をかけて生み出した社員に対して、あまりに失礼な態度で受け取られてしまう悲劇が多発しているんです」
個人の奮闘で事業を生み出す段階から、それを企業全体でどう受け止め、育て上げるかという「経営システム」の段階へ。麻生氏が「2冊目は書かない」という誓いを破り、『新規事業の経営論』を執筆した理由はここにあります。
「事業化審査」はゴールではない
なぜ、有望な事業が失速するのでしょうか。麻生氏は、多くの企業で採用されている「最終審査会」という言葉と仕組みに罠があると指摘します。
「『最終審査』って言葉がおかしいんですよ。終わんねえよ、そこから始まるんだよって(笑)。アイドルで言えば、デビューが決まるまでは番組もプロデューサーもついている。でも『合格!デビュー決定!』となった瞬間に、『あとは自分でライブ会場を抑えて、曲も自分で作ってね』と言われたらどうですか? おかしいですよね。でも、企業の新規事業ではこれがまかり通っているんです」
検証段階(MVP期)までは手厚い支援があるのに、いざ事業化が決まると「あとは頑張れ」とハシゴを外され、既存事業の重厚なルールに押し潰されてしまう。これが「事業化後のエアポケット」の正体です。
100億円の壁を超える「レバレッジ」と人事の役割
経営者が期待する「売上100億円」と、スタートアップが独力で到達できる現実的なラインである「売上30億円」には大きなギャップがあります。このギャップを埋めるのは、大企業が持つアセット(資産)への「レバレッジ(てこ)」です。
しかし、立ち上げ期において「既存社員を3人異動させる」といった調整は硬直的な人事制度の前では困難です。そこで重要になるのが、副業・兼業・フリーランスといった「外部人材(非正規社員)」の活用です。
「正社員だけを見るのが人事(HR)ではないはずです。開発ベンダーや業務委託の方々も含めた『人的資本』全体をどう管理し、活性化させるか。例えば、外部人材がすぐにチャットツールを使えるか、共有ドライブにアクセスできるか。そういった『実働体制』を人事が事前に整備しておかないと、事業リーダーは事務作業だけで忙殺されてしまいます」
さらに、事業が「10億〜30億円」規模に育った段階で初めて、既存事業の巨大な顧客基盤やM&Aを組み合わせることで、一気に100億円規模へとジャンプアップさせる戦略が必要だと麻生氏は説きます。
「Will(意志)」ある個人が会社を変える
システムや制度の話が中心になりますが、その根底にあるのは常に「人の意志(Will)」です。
「普通のサラリーマンでも、現場に行き続け、顧客の課題に触れ続けることで『社内起業家』へと覚醒します。上から戦略が降りてくるのではなく、たった一人の個人の『Will』が起点となって、会社全体や産業を変えていく。それができる時代に入っています」
セッションの最後には、麻生氏が現在取り組んでいる「起業家アート」についても言及がありました。
論理的な左脳アプローチに限界を感じる現代において、アートを通じてビジネス力や新規事業開発力を高めるという新たな人材育成の可能性が示唆されました。特にAIが台頭する時代においては、絵や物語を生み出す創作能力の開発が、ビジネスに大きなインパクトを与えると麻生氏は説きます。
「経営と現場が一緒になって本(『新規事業の実践論』)を読み、一緒に考えていく姿が生まれてほしい」。
今回のイベントは、人事(HR)が単なる労務管理を超え、社内外のあらゆる「人的資本」のポテンシャルを解放し、事業創造のうねりを生み出すプロデューサーへと進化すべき時が来たことを告げるものでした。
登壇者
株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO
麻生要一(あそうよういち)氏
東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルートへ入社。社内起業家として株式会社ニジボックスを立ち上げ、創業社長として150人規模まで企業規模を拡大。
リクルートホールディングスの新規事業開発室長として1500の社内起業家チームの創業と、起業家支援オフィスTECH LAB PAAKの所長として300社のスタートアップ企業の創業期を支援。2018年に起業家に転身し、複数の企業を同時に創業。新規事業支援会社であるアルファドライブは、2019年にユーザベースへ全株式を売却後、2023年にユーザベース自身がファンド傘下へのTOB・非公開化した流れを受け、2024年に全株式を買い戻し再度カーブアウト。
アミューズ社外取締役、アシロ社外取締役などプロ経営者として複数の上場企業の役員も務める。
『新規事業の経営論』
5万部超のロングセラーとなった前作『新規事業の実践論』から6年、260社を超える企業への伴走支援や、著者自身のさまざまな実践とネットワークで得た新たな知見を約400ページに渡って完全体系化した、新規事業経営の決定版。
『新規事業の実践論』
リクルートの新規事業開発室長として1500の事業を支援し、自らも起業した著者が膨大な失敗と成功の末に掴んだ「超具体的方法論」!
◎新規事業を手掛けることが最高のキャリア戦略である理由
- 「人生100年時代」、80歳まで働かないといけない
- しかし数年前の成功モデル・スキルさえ、すぐ陳腐化する
- ただし、ゼロから「事業を立ち上げる」スキルだけは、どれだけAIが発達しても置き換えられない
- 新規事業開発こそ、全産業、全職種の人にとって「一生食える」最も普遍的なスキルだ
- しかも、失敗してもクビにならず、確実に成長できる
- そして、才能にも気質にもよらず、どんな「ふつうの人」をも必ず「社内起業家」に変える型は、すでに開発されているーー。
◎この本で学べる「やるべきこと」「やってはいけないこと」
- 初期のチーム人数は 2人が最強。 4人以上は避けろ
- サービスのリリース直後にマーケティングはするな
- 新規事業「特区」であっても既存事業の意見は聞いておけ
- 「特区」をつくるより「決裁権限を降ろすこと」を重視しろ
- プラン段階で 「当社でやる意義」は問うな
- 社内プレゼンには、「顧客の生の声」を載せろ
- 筋のいいサービスすら 最初は99.9%が否定する。 気にするな
- 顧客のところへ「300回」行け
カオスな新規事業の現場で必ず役立つ! 圧倒的経験に裏打ちされた暗黙知を徹底的に体系化!
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