うちの新規事業がイケてない!その理由は「事業を創る人」を創るはずの“組織の中”にあった

昨今、多くの大手企業がこれからの生き残りを賭け、既存事業とは別の新しい売上の軸を作ろうと新規事業に取り組んでいます。ヒト・モノ・カネの内、「人」がますます稀少材化しており、イノベーションを起こせる人材をいかに育成・活用していくかが企業の成否を分けるといっても過言ではありません。

事業を創ることができる人に必要な能力とは何か、また、彼らをどのようにして抜擢し、育て、評価していくのか。「Innovation by HR」を謳うOne HRでは、それらのヒントを探るべく7月18日に「事業を創る人を創る人の集い」と題したイベントを行いました。

第一部では、新規事業開発を人と組織に着目して研究する専門家、そして第二部では自らも事業開発や起業経験を持ち、多くの企業の新規事業開発を支援する専門家をお呼びし、組織や教育など「人」の観点から新規事業を考える時間を設けました。

本記事では、第一部に登壇いただいた、『「事業を創る人」の大研究』(クロスメディアパブリッシング)共著者で、現在立教大学助教の田中聡氏によるプレゼンテーションの様子をお伝えします。


<登壇者紹介>

田中 聡 氏(立教大学 経営学部 助教)

1983年 山口県周南市生まれ。2006年 慶應義塾大学商学部を卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年 同グループのシンクタンク組織である株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同シンクタンク本部主任研究員を務めた後、2018年より現職。専門は、経営学習論・人的資源開発論。働く人と組織の成長・学習を研究している。株式会社パーソル総合研究所 フェロー。一般社団法人経営学習研究所 理事。東京大学大学院学際情報学府 博士課程。


ー経営人材の育成に、新規事業が大きく関わっているー


1月に『「事業を創る人」の大研究』という本を出版しました。よく誤解されるんですが、僕は新規事業の研究者ではなく、専門は「人と組織の成長・学び」です。これまで「経営人材の育成」というテーマで研究をしてきました。

管理職から経営のトップに上がる人にはどんな経験が必要なのか。その中で、新規事業というのが大きなきっかけになっていることが分かったんです。

僕は今年から立教大学経営学部で働いていますが、2006年から12年間は民間企業で働いていました。入社して4年目で「インテリジェンスHITO総合研究所(現・パーソル総合研究所)」というシンクタンクを新規事業として立ち上げました。自分自身も新規事業の立ち上げを肌で感じながら、人と組織の観点から新規事業を見るということをしていたんです。

今日お話しする内容は、立教大学経営学部の中原淳先生と僕が行ってきた共同研究の結果についてです。大規模な定量的な調査に基づく研究結果が7割、定性調査に基づいた研究結果が2割、そして僕たちの見解が1割です。また今日お話しするのは、ほとんど大企業の新規事業に関する内容です。


ー新規事業の常識には3つの誤解が潜んでいるー


そもそも「新規事業」って一体、何でしょうか?一般的にはこう言われます。「新規事業とは、あるイノベーターによって、ゼロから革新的なアイディアが生み出されることである」。一見、違和感なさそうじゃないですか?でも、実は、この中には3つの誤解が含まれてます。

まず、「あるイノベーターによって」生み出されている新規事業ってほとんどないんですね。実際には色々な組織の人が絡み合ってできています。二つ目は「ゼロから」。全く新しい飛び地に行って新しいビジネスを生み出すということはなくて、既存事業が培ってきたノウハウ・資産をいかに活用するかなんです。三つ目は「革新的なアイディアが生み出されること」。これがゴールではなくて、経済成果を生み出す、どのくらいバリューを生み出せるか、といのが当たり前ですが大事です。


ー「事業を創る人」に対する経営層と本人のイメージにはギャップがあるー


「うちには新規事業を創れる人がいない」という不満の声を至る所で耳にします。では、事業を創る人に対して、どんな能力を求めているのでしょうか?実は、経営層が重視する能力と事業を創る人本人が重視する能力にギャップがあるということが分かっています。

経営層が重視する能力は、「推進力」「構想力」「挑戦心」です。新しい事業のアイディアを構想して、未知の領域を誰が何と言おうと突き進む、坂本龍馬みたいな人を求めているんですね。一方で、事業を創る人本人は何を重視するのか。「観察力」「他者活用力」「リスクテイク精神」。つまり、組織の状況を観察して、周囲をうまく活用して、泥臭くトライアンドエラーができること。

では、なぜ本人は「観察力」「他者活用力」みたいな能力が重要だと感じているのか。

それは、身内に敵や壁が潜んでいるからなんですね。上司が全然コミットしない。新規事業と既存事業を掛け持ちしていて、ちょっと業績の良い方に軸足をスイッチするような、まるで風見鶏な上司。「俺がやるんだったらこうするけどな。」というありがた迷惑なアドバイスをしてくる人も少なくありません。本来、市場とかお客さんに対して向き合うべきなのに、社内調整に結構な時間や労力を取られているという現実があるんです。


ー新規事業を「個人の成長の機会」と捉えている人ほど成果を上げているー


では、実際にどんな人が新規事業で成果をあげているのか。研究の結果、わかったことがいくつかあるんですが、例えば、全く既存事業の経験がない場合、低業績になりがちです。既存事業の経験がないよりはあった方が良い。ただ、長すぎると逆にパフォーマンスに対しては負の影響を与えているんです。

ある程度は社内のつながりや会社特有の慣習を理解しておく必要はあるけど、どっぷり既存事業に浸かってしまうとこれまでの経験に縛られて、新しいことを考えられないというジレンマですね。

そのほかにも、一般的には会社からの人事異動より、自ら起案した事業の方が成果をあげやすいと思われがちですが、実際には会社からの人事異動の方が業績が良いこともわかりました。

人が何かの課題を乗り越えようとする動機には、一般的に2パターンあります。
一つ目は、業績・パフォーマンスを出して自らの能力の高さを示そうという業績目標志向、二つ目は、その困難を乗り越えて自分自身や会社を成長させていくという学習目標志向。実は、学習目標志向の方がプラスに働くということが分かっています。業績思考はプラスにもマイナスにも影響しないんです。


ー「創る人」の学習プロセスー


では、創る人は新規事業から何をどのように学んでいるのか。新規事業担当者の学習には大きく4つの段階があります。

<1>他責思考期

新規事業を始めると、大体うまくいかないんです。既存事業でエースだった人が新規事業にアサインされますから、既存事業で大きな失敗をしたことない。そうすると新規事業でうまくいかない現状を受け入れがたい。経営者の本気度が足りない、上司のコミットがないなど、いわゆる「他責思考」に陥ります。既存事業で成果をあげていた人ほどこうなります。

<2>現実受容期

しばらくすると、現実を受け入れるプロセスに入ります。なんで自分はこの会社で働いているんだろう、そもそも事業って何なんだろう、誰にどんな価値を提供しているのだろう、と振り返るようになります。そういう振り返りの中から自分のなりの答えが見つかってくると、次第に今のうまくいっていない状況を俯瞰して見られるようになるんです。

<3>反省的思考期

次にやってくるのが反省的思考期と呼んでますが、うまくいっていない原因は環境要因だけでなく、自分にもあるんじゃないかと矢印を自分に向けるんです。既存事業での成功体験に対しても批判的に振り返ることができるようになり、自分の優れた能力による実績ではなく、たまたま既存事業にはうまく回せる仕組みがあっただけなのではないかと。過去の経験を批判的に捉えて、棄却しようとしていく段階です。

<4>視座変容期

現状を俯瞰し、自分の過去の振る舞いを健全に批判的に振り返るようになった先にあるのは、視座が変わるというフェーズです。新規事業は会社にとって必要な事業ですから、当然会社の未来についても考えるようになります。その会社が5年後、10年後にどういう価値を世の中に与えなければならないか。そこから逆算して新規事業を考える。

会社の未来を中長期の時間軸で捉え、事業ポートフォリオの全体像を見通した中で、今の新規事業に何が必要なのかを位置付ける。これは、一事業責任者ではなく、経営者の視点そのものです。これが、新規事業が経営人材になるために必要な経験と言われる証左なんです。

細かく言うと「23のプロセス」があるので、もっと知りたい方は論文を読んでくださいね。そこまで詳しくいらないという方は、ぜひ本を買ってください(笑)

過去に新規事業立ち上げの経験を持っている人の方が、事業の業績はプラスに転じやすいことも分かっています。これまでお話ししたような新規事業での学びは、その場では活きないかもしれないけど、必ず2回目、3回目に活きてくる。

だから、結果としての業績だけを評価の基準にするのではなく、新規事業の立ち上げ経験から何を学んだかを評価し、セカンドチャンスを与えるというのが、会社や人事にとっては必要な支援なんじゃないかと思います。

<編集:西野真梨>

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